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陸の裁縫は五百が教えた。陸が人と成ってから後のちは、渋江の家では重ねものから不断著ふだんぎまで殆ほとんど外へ出して裁縫させたことがない。五百は常に、「為立したては陸に限る、為立屋の為事しごとは悪い」といっていた。張物はりものも五百が尺ものさしを手にして指図し、布目ぬのめの毫ごうも歪ゆがまぬように陸に張らせた。「善く張った切きれは新しい反物たんものを裁ったようでなくてはならない」とは、五百の恒つねの詞ことばであった。
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